水素社会の実現に向け、高効率なPEM(固体高分子)型水電解のキーマテリアルとしてイリジウム触媒が挙げられます。
イリジウムは極めて高い反応性を持つ一方で、地球上での産出量が限られた希少金属であり、この限られた資源をいかに効率的に活用するかは水素製造の商業化における大きな課題だと言えそうです。
この領域において有望企業はどこなのか?
開発成果の裏付けとなる特許出願データから実態を探ってみました。
結論(簡易版)は以下の通りです。
ここで、本記事における『有望企業』とは、対象技術の開発時期、継続性および蓄積の3指標から将来の市場独占や他社に対する参入障壁を築けると判断される上位企業(TOP10にランクインする企業)を指します。
<特許銘柄TOP10>(2000年-2023年)(非上場を含む)
<総合評価>
・全体的な出願規模
全対象期間を通じて各社の出願件数は極めて少なく、最多の企業でも累計22件に留まっています。特定の企業が圧倒的な優位性を確立しているとは言えない状況です。
・東芝
2016年以降の期間において平均出願件数が2.4件/年(シェア11%)に増加しており、累計件数でも22件と最多です。直近の期間において、他社と比較して出願件数の増加が確認されます。
・日立製作所、豊田中央研究所、東レ
2000年代前半から2023年までの期間において、2期間以上継続して出願が確認されています。ただし、いずれの期間も平均出願件数は1.0件/年未満の低い水準で推移しています。
・トヨタ自動車、日産自動車
2000年代前半の初期段階において出願が確認されていますが、直近または中間の期間において出願が確認されず、継続的な出願推移は見られません。
<結論>
・本分野における特許出願数は各社ともに過少であり、出願件数のみから明確な技術的優位性を判別することは困難な状況にあります。
・上記のような動向の中で、東芝が直近の期間で出願を伸ばして累計最多となっているほか、日立製作所、豊田中央研究所、東レの3組織において長期的な開発の継続性が確認されるに留まります。
<結論>
| 1 | 東芝 |
| 2 | トヨタ自動車 【7203】 |
| 3 | 日産自動車 【7201】 |
| 4 | 日立製作所 【6501】 |
| 5 | 豊田中央研究所 |
| 6 | スリーエム イノベイティブ プロパティズ |
| 7 | 東レ 【3402】 |
| 8 | 旭化成 【3407】 |
| 9 | シャープ 【6753】 |
| 10 | デノラ・ペルメレック |
ただし、上記結論は特許検索条件などによって変わってくることがあります。詳細については下記をご確認ください。
1.本評価の概要
本評価は特許情報に基づき、対象技術の開発に関わる銘柄(本サイトでは「特許銘柄」と呼びます。)を客観的に導き出そうとするものです。
本評価については以下の記事で紹介しています。
【開発力評価メソッド】特許出願に関する情報から技術開発に関わる銘柄を評価
簡単に説明すると、以下の考え方に基づいています。
① 開発開始時期:最初の出願が古い→早くから開発に着手(古いほど評価高い)
② 開発継続性:出願が継続→技術開発が続いている(継続するほど評価高い)
③ 開発成果:出願件数が多い→開発成果が出ている(成果が多いほど評価高い)
すなわち、どこよりも早くから出願され(①)、毎年出願されていて(②)、その件数が多い(③)ほど、評価される銘柄だと考えます。
これらは、技術開発によって技術課題を解決する道筋が見えると、その成果が特許出願されるという前提に立っています。
本サイトでは個々の特許は評価対象にしていません。
本サイトは特許出願件数を指標にして技術を生み出し続ける力(開発力)を評価するものです。
<注意点>
特許出願件数に基づく企業の開発力の評価には以下の問題点がありますので十分にご注意ください。
・単に出願件数が多いだけの企業を過大評価することがあります。
・個々の特許を評価対象としていないので、価値の高い技術や特許を保有する企業を過小評価することがあります。
・現実には開発成果が特許出願されない場合があります。
・対象技術が特許出願された場合であっても、特許検索において情報漏れが生じることがあります。
・特許検索において対象技術との関連性の低いノイズ情報を拾ってしまうことがあります。
・対象技術の市場性や対象企業における影響は別個判断が必要です
(まとめると、ざっくりとした評価であり、間違いもあります、ということです。)
2.特許銘柄の評価方法
2.1 評価対象
水電解を目的とした触媒(イリジウム)が対象です。
2.2 特許検索ツール
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
2.3 検索条件
文献種別:国内文献
検索キーワード:
検索項目(ⅰ) 全文「水電解」
検索項目(ⅱ) 請求の範囲「触媒」
検索項目(ⅲ) 請求の範囲「イリジウム Ir」
検索条件:検索条件(ⅰ) AND(ⅱ) AND(ⅲ)
日付指定:出願日 20000101~20231231
3.特許銘柄の評価結果
3.1 期間別の出願件数の推移
2000年~2007年、2008年~2015年、2016年~2023年の3つの区間に分けました。
各期間における総出願人数と総出願件数は以下の通りです(出願人数は筆頭出願人のみカウント)。

各期間の出願件数上位企業は以下の通りです。
(1)2000年~2007年
出願人数31のうちの上位5社の推移です。

上図の出願件数を企業ごとに平均化したのが下の表1です。
<表1>
| トヨタ自動車 | 1.0 件/年 |
| 日産自動車 | 0.9 件/年 |
| 東レ | 0.5 件/年 |
| 神鋼環境ソリューション | 0.4 件/年 |
| 日立製作所 | 0.4 件/年 |
(2)2008年~2015年
出願人47のうちの上位5社の推移です。

上図の出願件数を企業ごとに平均化したのが下の表2です。
<表2>
| シャープ | 0.8 件/年 |
| 日立製作所 | 0.6 件/年 |
| JX日鉱日石エネルギー | 0.4 件/年 |
| デノラ・ペルメレック | 0.4 件/年 |
| 東芝 | 0.4 件/年 |
(3)2016年~2023年
出願人91のうちの上位5社の推移です。

上図の出願件数を企業ごとに平均化したのが下の表3です。
<表3>
| 東芝 | 2.4 件/年 |
| スリーエム イノベイティブ プロパティズ | 0.9 件/年 |
| 旭化成 | 0.9 件/年 |
| トヨタ自動車 | 0.8 件/年 |
| 豊田中央研究所 | 0.8 件/年 |
(4)出願上位企業の推移
下の表4は表1~表3をまとめたものです。
<表4>
| 2000年~2007年 | 2008年~2015年 | 2016年~2023年 | |
| 1 | トヨタ自動車 (1.0 件/年) |
シャープ (0.8 件/年) |
東芝 (2.4 件/年) |
| 2 | 日産自動車 (0.9 件/年) |
日立製作所 (0.6 件/年) |
スリーエム イノベイティブ プロパティズ (0.9 件/年) |
| 3 | 東レ (0.5 件/年) |
JX日鉱日石エネルギー (0.4 件/年) |
旭化成 (0.9 件/年) |
| 4 | 神鋼環境ソリューション (0.4 件/年) |
デノラ・ペルメレック (0.4 件/年) |
トヨタ自動車 (0.8 件/年) |
| 5 | 日立製作所 (0.4 件/年) |
東芝 (0.4 件/年) |
豊田中央研究所 (0.8 件/年) |
3.2 全対象期間での出願件数
下図は全対象期間における出願件数上位10社です。
各期間における出願件数の平均値を結んだ線であらわしています。

いずれの企業も出願件数は少ないです。その中では東芝の直近の増加幅が大きいです。
各期間の平均出願件数を下の表5にまとめました。
全期間におけるトータル出願件数が多い順に上から表示しています。
括弧内のパーセントは他社を含めた総出願件数に対する割合です。
<表5>
| 平均出願件数 | |||
| 2000年-2007年 | 2008年-2015年 | 2016年-2023年 | |
| 東芝 | 0 件/年 (0.0%) |
0.4 件/年 (4.2%) |
2.4 件/年 (11%) |
| トヨタ自動車 | 1.0 件/年 (14%) |
0 件/年 (0.0%) |
0.8 件/年 (3.4%) |
| 日産自動車 | 0.9 件/年 (12.1%) |
0.4 件/年 (4.2%) |
0 件/年 (0.0%) |
| 日立製作所 | 0.4 件/年 (5.2%) |
0.6 件/年 (7.0%) |
0.1 件/年 (0.6%) |
| 豊田中央研究所 | 0.3 件/年 (3.4%) |
0.1 件/年 (1.4%) |
0.8 件/年 (3.4%) |
| スリーエム イノベイティブ プロパティズ | 0 件/年 (0.0%) |
0.1 件/年 (1.4%) |
0.9 件/年 (4.0%) |
| 東レ | 0.5 件/年 (6.9%) |
0.3 件/年 (2.8%) |
0.3 件/年 (1.1%) |
| 旭化成 | 0 件/年 (0.0%) |
0 件/年 (0.0%) |
0.9 件/年 (4.0%) |
| シャープ | 0 件/年 (0.0%) |
0.8 件/年 (8.5%) |
0 件/年 (0.0%) |
| デノラ・ペルメレック | 0 件/年 (0.0%) |
0.4 件/年 (4.2%) |
0.4 件/年 (1.7%) |
次に、上表に示されるデータを上記1の考え方に照らしてみます。
①開発開始時期
トヨタ自動車、日産自動車、日立製作所、豊田中央研究所、東レが2000年-2007年に出願を開始しており、開発時期の早さがうかがえます。
②開発の継続性
東芝、日立製作所、豊田中央研究所、東レ、デノラ・ペルメレックが直近を含む2期間以上で開発を継続していることがうかがえます。
③開発成果
東芝の出願数が最も多く、開発成果がでていることがうかがえます。ただし、出願件数が22件とかなり少ないレベルでの1位です。
トータル出願件数は以下の通りです。
<表6>
| 東芝 | 22 件 |
| トヨタ自動車 | 14 件 |
| 日産自動車 | 10 件 |
| 日立製作所 | 9 件 |
| 豊田中央研究所 | 9 件 |
4 まとめ:特許銘柄TOP10
表5に基づく評価は以下の通りです。
①開発の開始時期・・・トトヨタ自動車、日産自動車、日立製作所、豊田中央研究所、東レが早期に開発
②開発の継続性・・・東芝、日立製作所、豊田中央研究所、東レ、デノラ・ペルメレックが継続的に開発
③開発成果・・・旭化成に多くの成果、ただし、2位のトヨタ自動車と僅差
上記①の観点だとトヨタ自動車、東レ、東芝、本田技研工業、パナソニック(パナソニックIPマネジメント)、豊田中央研究所の開発力が評価できます。
上記②の観点だと9社(東京瓦斯以外)の開発力が評価できます。
上記③の観点だと東芝の開発力が高いと評価できます。ただし、出願件数がかなり少ない中での競争結果です。
これらをまとめると以下の通りです。
<表7>
| 出願情報 | ||||
| ①開始時期 | ②継続性 | ③成果 | ||
| 1 | 東芝 | 〇 | 22 件 (7.2%) |
|
| 2 | トヨタ自動車 【7203】 | 〇 | 14 件 (4.6%) |
|
| 3 | 日産自動車 【7201】 | 〇 | 10 件 (3.3%) |
|
| 4 | 日立製作所 【6501】 | 〇 | 〇 | 9.0 件 (3.0%) |
| 5 | 豊田中央研究所 | 〇 | 〇 | 9.0 件 (3.0%) |
| 6 | スリーエム イノベイティブ プロパティズ | 〇 | 8.0 件 (2.6%) |
|
| 7 | 東レ 【3402】 | 〇 | 〇 | 8.0 件 (2.6%) |
| 8 | 旭化成 【3407】 | 7.0 件 (2.3%) |
||
| 9 | シャープ 【6753】 | 6.0 件 (2.0%) |
||
| 10 | デノラ・ペルメレック | 〇 | 6.0 件 (2.0%) |
|
上記①の〇は2000年~2007年に出願が確認されたもの
上記②の〇は出願の継続性が確認されたもの
上記③成果の割合は総出願数に対するもの
以下、上記結果および結果の詳細を踏まえた総合評価と結論です。
<総合評価>
・全体的な出願規模
全対象期間を通じて各社の出願件数は極めて少なく、最多の企業でも累計22件に留まっています。特定の企業が圧倒的な優位性を確立しているとは言えない状況です。
・東芝
2016年以降の期間において平均出願件数が2.4件/年(シェア11%)に増加しており、累計件数でも22件と最多です。直近の期間において、他社と比較して出願件数の増加が確認されます。
・日立製作所、豊田中央研究所、東レ
2000年代前半から2023年までの期間において、2期間以上継続して出願が確認されています。ただし、いずれの期間も平均出願件数は1.0件/年未満の低い水準で推移しています。
・トヨタ自動車、日産自動車
2000年代前半の初期段階において出願が確認されていますが、直近または中間の期間において出願が確認されず、継続的な出願推移は見られません。
<結論>
・本分野における特許出願数は各社ともに過少であり、出願件数のみから明確な技術的優位性を判別することは困難な状況にあります。
・上記のような動向の中で、東芝が直近の期間で出願を伸ばして累計最多となっているほか、日立製作所、豊田中央研究所、東レの3組織において長期的な開発の継続性が確認されるに留まります。
5.ご参考
以下、個々の特許出願明細書中の記載などを参考に技術情報を整理しました。
5.1 水電解とは(前回同様)
水電解とは、水に電圧をかけることで、水(H2O)を水素(H2)と酸素(O2)に直接分解する技術のことです(反応:2H2O→2H2+O2)。
しかし実際には、水はかなり安定した物質で反応が進みにくいです。
そこで使われるのが触媒です。
5.2 水電解触媒とは(前回同様)
触媒の役割は、以下のようにイメージされます。
・水分子を反応しやすい状態にする
・電子の受け渡しを助ける
・反応の壁(活性化エネルギー)を下げる
つまり、触媒により、小さい電圧で反応を進めることができ、省エネになります。
ここで、水電解(2H2O→2H2+O2)は、以下の2種類の反応があります。
(1)水素発生反応(HER)
陰極(マイナス極)で起きます。
2H2O+2e−→H2+2OH−
これは、
・水から水素を作る
・電子を受け取る
反応です。これを助けるのがHER触媒です。
(2)酸素発生反応(OER)
陽極(プラス極)で起きます。
4OH−→O2+2H2O+4e−
これは、
・酸素を発生
・電子を放出
する反応です。これを助けるのがOER触媒です。
水電解で特に難しいのはOERです。
・電子移動が複雑
・反応段階が多い
・遅い反応
というのが理由として挙げられます。
つまり、OERがボトルネックであり、以下のような開発が挙げられます。
・高性能OER触媒
・安価OER触媒
・長寿命OER触媒
5.3 イリジウムについて
水電解において最大のボトルネックとなっているのが陽極側の「酸素発生反応(OER)」です。
この反応を効率的に進めるための切り札になるのがイリジウム(Ir)触媒です。
耐酸性、耐久性、OER活性において優れているとされています。
・耐酸性および耐久性
PEM型の内部は強酸性になります。一般的な金属(ニッケルや鉄など)は、この環境下で高い電圧をかけると、すぐに溶け出してしまいます。イリジウムは、強酸性かつ高電圧という過酷な環境下でも溶出せずに耐えられる稀な金属です。
・OER活性
複雑で速度が遅い酸素発生反応(OER)を最も効率よく(低い電圧で)活性化させる特性を有します。
イリジウムは、プラチナや金よりも存在量が少なく、特定の地域からごくわずかしか産出されません。そのため、世界中で水電解装置が普及すると、すぐに供給が追いつかなくなる資源リスクを抱えています。
本記事では、各社の出願件数が全体的に非常に少ない結果でした。
これは、強酸性に耐える素材の選択肢がそもそも少ないことに加え、極微量で機能させるための高度な制御技術が必要とされ、開発の難易度が高いことが原因として推測されます。
<素材>
【2026年版】触媒銘柄10選|水電解・脱炭素・浄化技術(総合技術)
【2026年版】防錆・防食銘柄10選|シランカップリング技術
<出典、参考>
・特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)にて公開されている情報
<留意事項>
・本サイトでは、特許情報を正確かつ最新の状態でお伝えするよう努めていますが、情報の完全性を保証するものではありません。
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